
人口は約140万人、古くから大陸の文化を受け入れ、港湾・商業都市として発展してきた国際都市、福岡・博多。日本で初めて稲作を行った板付遺跡という集落跡があることからも分かる通り、福岡は近畿圏と並ぶ歴史の深さがある。また中世には対外貿易の一大拠点として発展、そして現在ではアジアに向けた拠点都市として、著しい発展を遂げている。
今回はそんな福岡の歴史スポットに触れながら、商業の街・福岡の魅力に迫ってみたい。

博多祇園山笠が奉納される神社として知られる「櫛田神社」は757年の創建と言われる。境内には樹齢1000年といわれる櫛田の銀杏や、飾り山笠などがある。不老長寿や商売繁盛の神さまであり、博多の総鎮守として博多っ子に親しまれている。
商都・博多では、商売繁盛、災難退散の「招福厄よけ」を祈願して、一年中に渡って、多くの祭りが行われてきた。その中でも夏に行われる博多祇園山笠は、櫛田神社の大祭で、博多を代表する祭りとして多くの人で盛況となる大きな祭りである。その博多祇園山笠のクライマックスとなる「追い山」はこちらの櫛田神社から出発することになっている。
その豪華さと華麗ぶりは、まさに商都として繁栄した歴史を裏付けるものといっていいだろう。

また、櫛田神社のすぐ側の冷泉町には、明治・大正の時代を中心とした博多の文化、暮らしぶりなどを広く紹介する「博多町屋ふるさと館」がある。
商業都市として繁栄した博多の町屋を移築・復元した家屋を通じて、往年の博多の町並みを思い浮かべることができる。この地区は博多祇園山笠に携わる人が多く住む街であり、都市化が進む博多の街の中で、下町の風情を残すエリアとして知られる。街を歩くと、町屋風の宿屋など古い町並みが残っている。

貿易都市である博多は、東アジア各国に近い位置にいるため、大陸より多くの文化を享受できた。このことは、博多・福岡の文化的な特徴として未だに深く影響している。また、博多の多くの寺社仏閣は貿易の利益によって潤ったため、現在でもその荘厳さを伝えているのだ。
例えば、禅宗の始祖である栄西禅師が源頼友から賜った土地に1195年に創建した「聖福寺」は、日本最古の禅寺である。敷地内の敷地すべてが国の指定遺跡となっており、歴史の深さと往時の繁栄振りを感じさせる。栄西禅師は寺を建てるまでに2度、宋(現在の中国)に渡っており、そこで「茶」を持ち帰り、日本全国に広めたと言われている。